March 25, 2004

陰鬱な独立記念日 ─ イラクリオ 91/3/25 ─

なにかギリシャ人そしてギリシャが好きな人には申し訳ないタイトルですが、本日3月25日はギリシャ独立記念日。それにあわせてわたしのこの日の思い出を。

1991年3月、当時大学一年生だったわたしは、高校二年生以来の夢であったギリシャ旅行を実現させました。アテネに入ったとき、夢を実現させ気持ちは最高潮。ただ、ギリシャ旅行とはいっても日本を離れたのは2月半ば。新潟からハバロフスクにそこからシベリア鉄道に乗ってモスクワ。そしてポーランド、ドイツ、オーストリア、イタリアと旅行し、何事もなかった私はちょっと調子に乗っていました。アテネでは現地の人々とも、そして同じ日本人旅行者とも仲良くなり、すべてが万端だと思っていた。これがダメだったんですね。クノッソスに行こうと夕方クレタ島に渡る日のお昼、暴力バーにやられました。コーヒー一杯で7,000円。しかも軽い睡眠薬入り。これが3月22日のこと。とにかくお金を払ってすぐに店を出て、そのままフラフラになりながらタクシーに乗ってピレウスへ。ゆっくりとピレウスの風景も見る余裕もなく、幸いにもスケジュールより早く岸壁についていたクレタ行きのフェリーに乗船しました。あとは船室で眠るのみ。夜中に一度気持ち悪くなってトイレに言ったこと以外は覚えていません。気が付いたらクレタ島のイラクリオン到着。

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フェストス

ホテルに荷物をおいてクノッソスへ。すがすがしい朝でまず、クノッソスの遺跡もしっかり目に焼き付けて、そのあとイラクリオン考古学博物館を見て、イラクリオン市内散歩。「騙された」という前日のいやな思い出はそのときは忘れました。でも、ここから再び坂道を下るように運が落ちていく。実は独立記念日前日の24日夜にはフェリーに乗ってサントリーニに行く予定で、そのチケットは24日の朝にホテルのフロントに現地代理店のスタッフが届ける予定だったのです。しかし、待てど暮らせどチケットはこない。しょうがなくホテルのフロントに泣きついたら「現地の代理店は閉まっている。電話代を払ったらアテネの代理店に話をしてやる」。電話してもらったものの、結局24日にはチケットは届けられない、25日の夕方に届けるとのこと。つまり、クレタに一日足止めを食らったのです。25日の朝には現地の旅行代理店のスタッフが電話をしてきて、「イラクリオンでみどころを見たのなら、バスに乗ってフェストスに行けばいい。帰ってくるころにはチケットを届けるよ」。このアドバイスに素直に従って、フェストスにいったけど、帰りのバスまでの時間はわずか30分。しかも遺跡はお休み。遠くから全景を見るのみでした。散々な独立記念日。

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することないので撮った写真

さて、25日夜にサントリーニに向かったんですが、結局26日の夕方には飛行機でアテネに戻ることになっていました。これは、サントリーニで夕日を見ることはできないということ。そのフェリーは26日未明にサントリーニ・フィラ着。でも、サントリーニで夕日を見ないでどうするの? 仕方なくイアの夕日はあきらめてアテネに戻ると、「いい両替屋があるから付いて来い」とか「道を教えてくれたお礼に食事をおごるよ」と次から次へと声をかけてくる奴ら。シンタグマ広場のど真ん中で、英語と日本語でこの人たちを罵倒していました。騙されたことへのやり場のない怒りとともに。

とにかく、現地で過ごした独立記念日前後は散々。陰鬱な独立記念日。運が悪くなると転がるように悪くなる。このとき、そう感じたのです。すべての原因は気持ちが緩んでしまって暴力バーに騙されてしまったってことでしょう。この経験以来、旅行では絶対に油断して、調子に乗らない。幸いにも同様の失敗はしていません。

ただ、この散々な日々の中にも収穫はありました。ひとつは、イラクリオンからフェストスまでのバスからの景色。村々で独立記念日のお祝いが行われていて、小さな子どもたちは民族衣装に着飾って。なにかそのほのぼのとした光景は今でも目に焼きついています。ただ、写真を撮るだけの気持ちの余裕がなかったのですが……。もうひとつはイラクリオンのタベルナの親父。イラクリオン初日安くておいしそうなタベルナにいったのですが、その日の親父は「なんだこいつ」って目で見て、対応も無愛想。ただ、素朴でおいしい料理ばかりだったので、足止めを食った日も含め3日連続で同じ店にいったところ、その歓迎振りはすごかった。当時ギリシャ語はまったく分かりませんでしたが、「よく来た。何食うか?」って全身で示してくれました。そのとき食べたのはウサギ。人生ではじめての兎肉。トマト煮だったけどうまかった。ちなみに私の大好物ギリシャ料理二皿、スタッフド・ピーマンとかスタッフド・トマトは親父がサービスしてくれました。あれから13年。親父元気かな?

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