偶数年は必ずギリシャを訪れる年。アテネオリンピックが話題になった2004年の今年はパラリンピックも終わった10月2日から10日まで。今回はペロポンネソス半島を本格的に巡った。しかもレンタカーを借りるという自分の海外旅行歴の中では初の試み(?)。そして、何よりもよかったのが、7年来の希望だったバッサエのアポロン・エピクリウス神殿を訪れたこと。このブログでも何度か取り上げたあのバッサエ。

バッサエは、川島重成氏の著書『ギリシア紀行―歴史・宗教・文学』(岩波現代文庫)でその存在を知り、その容貌を『イタリア・バチカン・ギリシア・マルタ 世界遺産を旅する―地球の記録』(近畿日本ツーリスト)で知ってから。 10月3日、エレフテリオス・ベニゼロス空港でレンタカーを借りて一路コリントス方面へ。高速道路を一気にトリポリまで飛ばす。トリポリで高速を降りてメガロポリ方面へ。メガロポリに入ってすぐ標識を見失ったので、車を降りてベランダで息子と日向ぼっこをするおじさんにアンドリッツェナへ行く道を聞く。アンドリッツェナはバッサエ観光の拠点となる村。当初は一度アンドリッツェナを抜けてそのままオリンピアに向かい、オリンピアの帰り道にバッサエによる予定だったが、アンドリッツェナからバッサエは15キロということで、そのままバッサエに向かうことに。アンドリッツェナの村の端には「The Temple of Apoilo Apicurius」の標識が出ていて特に迷うようなことはなさそう。

アンドリッツェナからバッサエへの道はかなりくねった山道。崖が一部崩落しているところもあり、崩落した小さな岩が道路まで転がっているところもある。20分ぐらい走ると白く巨大なテントが見える。このテントがバッサエのアポロン・エピクリオス神殿を雨風による侵食から守っている。このテントに覆われていなければ、その姿はどれだけ壮麗なものだろうと思いつつもいたしかたない。神殿への入場料はフリー。若く愛想のあるお兄さんがフリーのチケットをきってくれる。テントの中にはいると、その保存状態が思った以上にいいことに驚く。柱だけでなく神殿内部の壁もよく残っている。神殿の北側には干からびたイモ虫がいっぱい転がっていたのが妙に印象に残る。

テントの中では1時間ほどのビデオが流されていたが、ずっと見ている時間もないので、“The Temple of Apollo Epikurius ― A JOURNEY THROUGH TIME AND SPACE”という小冊子を購入。神殿の歴史から発掘、そして現在の修復作業までが簡潔に解説されている英語冊子。修復には多大なお金がかかるのに、入場フリーのこの神殿。だからこそこの冊子の売り上げの一部が修復の費用になることを願って。
テントを出て、神殿の周りを散策。フリーズの一部が雨ざらしになっているという話を『世界歴史の旅 ギリシア』(周藤芳幸 編 山川出版社)で目にしたことがあるので探してみたけど、見つからず。そういえば、ケンタウロスとアマゾネスの戦いをモチーフにしたこの神殿のフリーズのうち、状態のよいものは、アテネのパルテノン神殿のフリーズと同様、イギリス人に持ち去られて、現在は大英博物館に展示されている。

まわりの山々を眺めて、遺跡を出ようとするとなんと三匹のネコ。ちょっと近寄ると、怖がることなく「ニャー、ニャー」といって向こうから寄ってきた。パートナーが首をなでてやると気持ちよさそうにして、二人ともマーキングされた。観光客もそれほどいない人里離れた山奥。たまにやってくる観光客にかわいがられて、人馴れしているのだろうか。チケットをきっている小屋でゴソゴソという音がすると三匹のネコはいきなり落ち着きがなくなり、しきりに「ニャー、ニャー」となき始める。小屋からさっきチケットを切ってくれたお兄さんが、「ネコの食事だよ」と説明してくれた買い物袋からキャットフードを出すと、三匹のネコはまっしぐら。こいつら日本に持って帰りたい……。一心不乱に食事にありつくネコを尻目に、車に乗り込む。今日はこのあとオリンピアに向かって宿泊。日が落ちるまでにはオリンピアに着かないとと、パートナーの運転でバッサエを後にする。