December 14, 2004

【覚書】『MASTERキートン』のギリシャ─「伝説の微笑」第13巻第4話

あらすじ

ギリシャ・レノス島でバカンスを楽しむキートン。その島には伝説(神話)に彩られた神殿が丘の上に残っていた。夫との生活に疑問を覚え、この島に観光で着ていた日本人・絵美はこの神殿に残るレリーフを眺めながら物思いに耽っていた。シカゴの古美術商のトンプソンは、古美術品の買い付けにこの島に来ていた。絵美の陰に惹かれたトンプソンは、神殿を毎日のように眺める絵美に、一緒にアメリカ来るようにとプロポーズをする。一方、キートンもまた毎日神殿でいろいろな実験を行う。その島に残された伝説を自然現象から検証していたのだ。

舞台:レノス島

同名の島は存在しない。レロス島がその名前の元になっていると考えられる。レロス島はカリムノス島とパトモス島の間に位置する、面積53平方メートル、人口8,000人の島で、入り組んだ海岸線を持つ丘がちの小さな島。観光客がそれほど訪れる島ではないが、フェリー、飛行機によるアクセスのよい島。 歴史的には1316年、聖ヨハネ騎士団のものとなり、行政的にはコス島の支配を受けていた。ハイドロフォイルの発着する島の中心の町、アギア・マリーナの城砦や伝統的な造りの家がみどころ。

伝説

「ずっと昔、まだ神と人がともに暮らしていた頃、この島のレノス王の末娘ハルスキュラと勇気と正義の若い戦士ピレモスは一時も互いを想わぬ時はないほどの仲でした。
ある日、ピレモスはハルスキュラに捧げようとアネモネを一輪折りました。ピレモスは驚きました。折り取った茎から赤い血がポタポタとおちているのです。アネモネはニンフが姿を変えたものだったのです。ピレモスの体はみるみるイノシシに変わりました。ピレモスは心の中も醜い獣になり果て、日々暴れハルスキュラを苦しめました。
しかし、彼女は涙を見せることもなく、献身的にイノシシの世話を続けました。しかし、ある日、一群の盗賊が、イノシシを海辺の崖へと追いつめた。盗賊がとどめを刺そうとしたとき、ハルスキュラが駆けつけ、彼女はイノシシに代わりわが身を差し出すと申し出ました。盗賊は彼女の願いを聞かず、イノシシもろとも殺そうとしました。
そのとき、死を前にして彼女の口元に不思議な微笑みが浮かびました。その微笑がゼウスの心を動かしました。突然、陸から海へ向けて激しい風が吹き、盗賊達を一人残らず崖から吹き落としました。風がおさまると傷ついたイノシシは若い戦士ピレモスに戻っていた。かれを想うハルスキュラの真心にうたれた大神ゼウスが風を起こし、二人を救ったのです。その後二人は力をあわせゼウスを奉じ、丘の上に神殿を築き、灯火を絶やすことなく守り続けた。」

この伝説は『MASTERキートン』の完全なオリジナル。ただし、ニンフがアネモネに姿を変えるといった話や、嵐をゼウスと結びつけるストーリーはギリシャ神話のパターンを踏襲している。ゼウスは天候をつかさどる神。ギリシャ神話には、月桂樹に姿を変えたダフネ、水仙に姿を変えられたナルシス、ヒアシンスに姿を変えられた、ヒュアキントス、殺されたときの血からアネモネの花の咲いたアドニス、死後、クルミに姿を変えられたカリュア、カンランの木に変身したスミュルナなどのストーリがある。

丘の上の神殿

神殿はそのストーリーからゼウス神殿。柱頭はイオニア式でこれは、紀元前7世紀に成立した様式。ストーリーの根底には「アルカイックスマイル」というテーマの根底に流れ(「伝説の微笑」というタイトルに着目)、神殿にはアルカイックスマイルを浮かべる女性の彫刻が残る。ギリシャ美術史でアルカイック期の定義は諸説があるものの、前8世紀から前480年ころまでの時期をさすとされており、時代の上での矛盾はない。
崖の上にある海を臨む神殿のロケーションはロードス島リンドスに残るアクロポリスを参考にしているものと思われる(ちょっと自信なし……)。

『MASTERキートン』の魅力のひとつにそのリアリティを上げていました。1994年2月にイギリス・コーンウォール地方を訪れました。ここは『MASTERキートン』に描かれた風景そのものだったのですが、ギリシャという舞台に関する限り、これは当てはまらないようです。少しばかり残念なですが、フィクションではあっても、それなりの調査をもとにストーリーが構成されていることは今回調べてみて分かりました。そして、作品に描かれる世界が、今自分たちの世界に対してメッセージとなるには、現実のそれなりの調査が必要だということです。当たり前といえば当たり前ですが。

『MASTERキートン』でギリシャを舞台にした作品は以上ですが、ストーリーではギリシャの文化に関するいくつかの記述が出てきます。たとえば、「パンクラティオン」。こういった記述の検証についてはいつかまた。

週刊文春に原作者に関する話が掲載されていたそうです。こちらにその記事のサマリーがあります。だれが原作者であれ、いい作品はいい(原作も画も)。それだけです(2005/6/21)。

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