November 03, 2004

21世紀の博物館は来るか? ─ 『パルテノン・スキャンダル』 ─

現代アテネのランドマーク、そして、古代ギリシャの代表的なモニュメント、パルテノン神殿を飾っていた彫刻は、その大半が、19世紀にオスマン・トルコ帝国の支配下のアテネからイギリスに持ち去られ、現在は大英博物館で展示されている。ギリシャ政府は、さまざまなルートを通じて、この彫刻をギリシャ・アテネに取り戻す努力を続けている。

この「パルテノン・マーブルの返還問題。オリンピックの開催で少しはメディアに紹介されるだろうかと思っていたが、残念ながらなにもなし。何かと話題にされたのは、オリンピック施設の工事の遅ればかり。昨年だったら、イラク戦争下の文化財略奪というコンテクストでパルテノン・マーブルの返還を知らしめることもできただろうに。そもそも日本のメディア関係者もパルテノン・マーブル返還問題なんてほとんど知らないのだろう。 (わたしは24時間365日テレビを見て、すべての新聞、雑誌に目を通しているわけではないが……)。

2004年9月に出版された『パルテノン・スキャンダル ─大英博物館の「略奪美術品」─』(朽木ゆり子 著・出版社:新潮社・ISBN:4106035405)は、パルテノン・マーブルの問題を日本に紹介する初めての書籍と言える。イギリスに彫刻を持ち去った首謀者エルギン卿の生い立ちから、略奪の過程、そしてこれが大英博物館に渡るまで。さらに、こういった略奪の背景に流れるエルギンとナポレオンの暗闘、20世紀に入ってからのメリナ・メルクーリの努力。返還に関わる双方の論拠を詳細に解説した書籍である。

最新の情報もカバーされており、エルギンのパルテノン・マーブル持ち出しを指示した当時のオスマン・トルコの皇帝(スルタン)の勅令の存在を否定する手紙の存在などにも触れられている。「オスマン・トルコ帝国の許可を得て、合法的に持ち出したもの」と主張し、返還をかたくなに拒否している大英博物館にとっては脅威となるであろう。

プラカでの署名

プラカでのパルテノン・マーブル返還署名(2002/5)
本物? フィッシング?

かなり長くの間、自分はこの問題を感情的に捉え、イギリス人を「大泥棒」と呼び、大英博物館を「泥棒博物館」と呼んでいた。1994年3月にイギリス・ロンドンを訪れたときも、大英博物館はこのロンドンでもっとも不快な場所と考え、行くことはなかった。いま、ギリシャ政府は、「返還(restitution)」という言い方を止め、「reunit(再統合する)」という言葉を使うようにしている。これは本書にも述べられている通りで、法的な議論を続けても、遅々として進まない彫刻の里帰りを、この議論とは別に実現しようという動きの表れである。かなりの譲歩。これを知ったとき、こういった感情的な反応がいささか弱まった。

大英博物館は、イギリスがその国力を背景に世界に進出していく過程で、国内に持ち帰られる美術品を所蔵する目的で設立された。そして、同様の博物館が、イギリス覇を競う国でも設立される。ルーブル美術館の前身・ナポレオン美術館、ミュンヘン古代彫刻館。博物館は国力の象徴であったのだ。しかし、今、誰が大英博物館に展示されるパルテノン・マーブルを見て「イギリスはすごい」と思うであろうか? 博物館がナショナリズム以外の「何か」の象徴となること。そこに、パルテノン・マーブルの解決の糸口があるのであろう。そのヒントはこの本にもすでに述べられている。エルギン、大英博物館、そしてイギリス政府の行為を「略奪」と呼ぶのはしばらく止めようと思う。ただし、世界の博物館の筆頭たる大英博物館が、大英帝国の栄光にすがり、そして昨今の経営難を口実に、この問題への姿勢を変えないようであれば、そのときは「強奪」と呼ぼうと思う。

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