
1991年4月、念願の地ギリシャで観光したのは高校の世界史の教科書に出てきたアテネ、クノッソス、ミケーネ、デルフィ。それ以外にはスニオン、サントリーニ。ミケーネは一日バスツアーを使って訪れ、そのツアーのコースにはナフプリオン、そしてエピダウロスが含まれていた。しかし、当時、ナフプリオンもエピダウロスもどんなところなのかまったく知らなかった。何の予備知識もなく訪れたエピダウロスでその劇場跡を見たとき、その保存状態のよさに驚き、ギリシャにはこんなところがたくさんあるんだろうなぁ、と思った記憶がある。
そのエピダウロスに13年ぶりの訪問。 劇場跡は何一つ変わっていないよう。エピダウロスは、世界遺産にも登録されているということもあり、ものすごいメジャーな観光地。ツアーバスから吐き出される年配の集団、そして高校生の修学旅行と思しき若い集団が次々と劇場跡を目指して歩いている。ギリシャ人だけでなく、ドイツ人、アメリカ人、フランス人、ロシア人、韓国人、日本人、中国人……。このにぎやかさも当時と同じ。「エピダウロスの劇場跡は、その音響のよさが特徴のひとつで劇場の中心で手を叩くと、劇場のどの席でもその音が聞こえる」といった説明を、どのツアーコンダクターもやっている。この説明も13年前と変わらないものだった。

何かにつけて盛り上がるのは
万国共通?
最上段の席に座ってしばらくのんびりとしていると、劇場の中心で説明を受けていたドイツ人と思しきツアー団体が、聖歌のようなものを歌い始めた。短い歌が終わったあと拍手をしたら、その拍手が劇場全体に伝播して、ちょっとした拍手の波が起きた。その団体にいたおばさんたちはちょっと照れくさそうに手を上げて応える。
次に現れたのは、またまた劇場の音響を説明するパフォーマンス。おじさんが近くにいた全員を観客席に座らせ、静かにするように求める。劇場全体が静まると、まずはコインを劇場中央の円形の石の上に落とす。落とし損ねたのか、「チャリーン」という音が聞こえない。劇場中段に構えていた高校生はブーイング。気を取り直して再度コインを落とすと見事に「チャリーン」という音が聞こえ、劇場全体から拍手。先ほどの高校生は一段と大きな拍手。続いて新聞紙を破る音、そしてマッチを擦る音を聞かせ、観客席からは「Oh!」という驚きの声と拍手。最後に高校生らしき女の子が出てきて、古代演劇の台詞を聞かせる。劇場の音響効果を実感したのはさることながら、劇場にたまたま居合わせた人たちが、年齢の区別なく、そして国籍の区別なく劇場の一点に集中し、そして「すごい!」という実感を共有したこと。エピダウロスの劇場は単なる遺跡としてだけではなく、2000年以上も前と変わらず、今でも一体感を演出する場所として機能している。こんな感想は13年前に持つことはなかった。

新聞紙を破る音を
聞かせるパフォーマンス
劇場を後にして、考古学博物館へ。気づく限り展示品はあまり変わっていなかった。そのあとアスクレピオスの聖域跡に。13年前は外から眺めるだけだったが、今回は1時間ぐらいかけてゆっくりと散策。そのあとエピダウロスを後にする。そういえば、劇場を後にする前にひとつやったことがある。13年前とほぼ同じポジションで、劇場を背景に写真を撮ること。自分はこの13年間で少しは変わったのだろうか、それとも……。ギリシャについての知識は少しは増えたと思うけど……。

Apr 1991 vs Oct 2004 場所はちょっと違った……