February 25, 2005

パブリックバス ─サントリーニ 98/10/03

フランクフルトでの乗り継ぎ便が6時間遅れ。アテネに到着したのは深夜1時過ぎ。朝一番のサントリーニへの飛行機まで空港の待合室で時間をつぶす。パートナーと交代でベンチで仮眠をとる。1991年にアテネを離れるとき、早朝のベオグラード行きの飛行機を待つのに、空港の待合室で同じように時間をつぶしたのが懐かしい。チェックイン開始の案内があったあと、すぐにチェックインを済ませ、搭乗待合室に向かったがそのあとは眠くて覚えていない。席につくなりブランケットをもらい眠る。大きな揺れとともに目が覚めるとサントリーニ島。だだっ広い滑走路の端にぽつんと立っている空港設備。少し小ぎれいになった感はあるものの、 7年間とほとんど変わっていない。少し変わったところといえば、空港警備のものものしさ。1991年当時は銃器を抱えた兵隊が目を光らせていた。記念写真を撮ろうとした観光客が、その兵隊から注意されていた。今はそんな兵隊はいないようだ。朝早いから、それとも時代が変わったからだろうか

空港を出ると、バンがずらっと並び、運転手が騒々しく何か叫んでいる。ホテルの迎えだ。飛行機を降り立った客がどんどんとバンに乗り込んでいき、騒々しさもあっという間に引く。パートナーと二人でひと休みしていたら、運転手の一人が乗っていくか? と聞いてきたものの、朝日を見てから街に向かうからと断る。
さて、どうやって街に行くか。空港だからタクシーぐらいいるだろうと思っていたが、朝早すぎるせいか一台も止まっていない。そこでバスの時刻表を見てみると、ちょうど7時台のバスが一本。待ち時間もさほど長くなかったので、このバスに乗ることに。

最初はパートナーとふたりの貸切だったが、だんだんと人が乗ってくる。これが小学生。ひとり、ふたりと村々のバス停で子どもが乗ってきて、あっという間に社内がにぎやかになる。無邪気に騒ぐ子どももいれば、ずっとおとなしくしている子どももいる。見慣れない日本人がいると思って、最初は借り猫みたいになっていた子どもも、友だちが乗ってくるにつれて、見慣れない日本人の存在を忘れはしゃぎだす。ティラの街の手前、小学校の前に止まると、バスを満員にしていた小学生たちが降りていき、またバスは貸切状態に。ほどなくフィラに到着。

ホテルの送迎バスもいいかもしれないけど、こうやって現地の生活を垣間見ることのできるパブリックバスも捨てがたい。海外に行ったときは、よくバスに乗っていた。ミラノで地下鉄を使わずにバスを使っていたら、「なぜ地下鉄つかわないの?」と聞かれ、「車窓が楽しめるし、街の表情が見れるから」と答えたことを思い出した。イギリスでもコーチであちこち移動したし、トルコを旅行したときもバスばっかり使っていた。いつの間にか、効率よく旅行しようとするために、タクシーや送迎、現地のツアーに頼るようになっていた。帰国の日を気にせずのんびりと公共交通機関だけを使って旅行がしたいな。

サントリーニのパブリックバス、写真を一枚も撮らなかったのが、いまでも残念。

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