
前の日ヴーヴェスという村に行く道を調べるため道路地図を見ていたら、ものすごく気になる地名を見つけた。“Γλώσσα”という地名。なぜ気になったかというと、“Γλώσσα”=「ことば」だからだ。あまりに最初のインパクトがあったので、この村を通ってヴーヴェスに行くことにした。ハニアから向かうには少しだけ遠回りになるけど、通らないと後悔すると思ったので、いぶかしがるパートナーをごまかしながら行くことにした。“Γλώσσα”は小さな村。村の入り口に到着するや記念にはならないけど、この不思議な道程の記録になると、村に入ったことを示す標識を撮影。
具象を表す名詞が地名になっている土地には、いくつか出会ったことがある。印象に残っているものでは、ペロポンネソスの“Καλό Νερό”(良質の水)。クレタの “Κόκκινος Πύργος”(赤い塔、赤い城)。しかし、“Γλώσσα”は抽象名詞。これがインパクトを受けた理由の一つ。“Γλώσσα”の村の入り口におじさんがいて、自分がギリシャ語に堪能なら、なぜ“Γλώσσα”という地名なのかを訪ねたところだけど残念ながらそこまでギリシャ語は話せない。この村を離れて、運転しながら思い出してみると、“Γλώσσα”には、「ことば」「国語、言語」「話す力、話しぶり、弁舌」などの抽象的な意味の他に、「舌」「舌ビラメ、カレイ」「楽器のリードなどの舌状のもの」など具象を示す意味もある(訳語は、川原拓雄著 『現代ギリシア語辞典』第3版より)。地名はもしかしたらこちらのほうに由来しているのかもしれない。
“Γλώσσα”の地名が引っかかった理由のもう一つには、ギリシャ人相手に初めて話した4ワード以上のギリシャ語が、“Τα ελληνικά είναι πολύ δύσκοκη γλώσσα.”(ギリシャ語はとても難しい言語です。)だったというのもあるかもしれない。この文を構成する単語で“ελληνικά”、つまり「ギリシャ語」という地名があるかなと、地図をついでに調べたところ、これがある。手持ちの地図には3カ所。もっとあるかもしれない。“Γλώσσα”はエヴィア島の北に浮かぶスコペロス島にもあることを発見。こういうことがあるので、地図をめくるのは楽しい。
もう一つ。“Γλώσσα”が地名のとき、決して「ことば」とか「国語」とか「舌」とか「ヒラメ」とは訳さないはず。かなり昔に、“Πανεπιστημίου”という通りの訳は、「大学通り」か「パネピスティミウ通り」かどちらがいいかという質問に居合わせたことがあるが、個人的には、“Γλώσσα”が地名なら意味に訳さないように、通りの名前も音表で訳す方がいいんじゃないかと思っている。日本人だって、上野の広小路をフランス語で、“boulevard”と訳されたらわけが分からない。名古屋の太閤通りを英語で、“Hideyoshi Toyotomi Street”と訳されてもわけがわからない、と同じということなのだが。
はじめまして。
日ごろヨーロッパの地名の由来に興味を持っている者です。ギリシャには まだまだ不思議な地名が多くありますね。
クレタ島のイラクリオンには Μεταξοχώρι(絹の村)という、きれいな名前の町がありますが、1951年までは 驚くなかれ Κακό Χωριό(悪の村)という何とも不名誉な名前だったそうです。
(Michael Stamatelatos の『ギリシャ地名事典』による).
もっともギリシャ語では 盗賊を意味する Κλέφτης が 歴史のうねりの中で 「革命の志士」に意味を昇格させた例もありますから、驚くに値しないのかも知れません。
ゆみやさん こんにちは。
「大学通り」100歩譲って「パネピスティミオ通り」というところですね。正直自分の根拠も弱いかなと、日本語→欧米語の訳出と、欧米語→日本語への訳出が、同じ理屈で行くとも思えませんし。敢えて属格にしたのは、極力現地に近い音表でというところだったんですが。なかなか難しいところですね。解釈の多様性を排除してしまうので、「〜すべき」という言い方あえてしませんでした。このブログでも地名表記は揺れまくっています。
ぷんだりかさん はじめまして。
おもしろい事例をありがとうございます。Κλέφτηςの語義に関する歴史的背景もものすごい説得力があります。ものすごい記憶が薄いのですが、ギリシャ語は造語力が高く、非常に多くの単語が生成されているという論文を読んだことがあります。一方で造語力の高いと、単語に対する語義が少なくなるということになるとは限らないという事例にもなっているような気がします。
実はギリシャの地名に関する書籍を探していました。こちらの情報もありがとうございます。これでしょうか。“ΕΛΛΗΝΙΚΗ ΓΕΩΓΡΑΦΙΚΗ ΕΓΚΥΚΛΟΠΑΙΔΕΙΑ”。
ΕΛΛΗΝΙΚΗ ΓΕΩΓΡΑΦΙΚΗ ΕΓΚΥΚΛΟΠΑΙΔΕΙΑ (3 vol)は未見ですのでわかりませんが、私の持っているのは 川原さんの『現代ギリシア語辞典(第三版)』に挙げられている参照文献の No.22 と同じものです。
念のため申し添えますが、この『ギリシャ地名事典』は主として地理的・行政的な基礎データを扱っていますので、文書の翻訳には不可欠ですが,地名の由来などの読んで楽しい記事を期待することは出来ませんよ。
ぷんだりかさん
“Επίτομο γεωγραφικό λεξικό της Ελλάδος”ですね。確認いただいてありがとうございます。懸念いただいた点ですが、辞書と辞典・地図帳が一番おもしろい読み物と思ってる人間なので大丈夫です。(*^ ^*;
私も思い出しました。そういえば、クレタ島には面白い地名がありました。
Καψόδασος=暑い森、 Καρπούζι=すいかという地名がありました。
翻訳で一番難しいのは名詞、特に固有名詞のように思います。カタカナの表記が実際の発音とかけ離れているからです。
lemonodasosさん、こんにちは。
固有名詞の翻訳はご指摘のとおりですね。古典語と現代語の音の違いもあるし(ΤΑ ΜΕΤΑ ΤΑ ΦΩΝΗΤΙΚΑ:ギリシャ語の文字と発音)、ある地名の場合には、他の言語での音表が幅をきかせていたり(WikiPedia:“Names of European cities in different languages”)。
もともと日本語に存在しない発音もあり、“th”の音はとくに鬼門です。いま、この音に慣れるために、今回の旅行で訪ねた“Λασίθι”を使ってます。
おひさしぶりです。
「パネスティミウ」に関しては、実際に大学もあることですし、「大学通り」がいいような気がするのですが、そのことよりも、通りの名前は属格で「~の通り」というふうになっていますから、日本語にするときは主格になおしたほうがいいとまえからおもっています。もちろん「の」は入れないでですが。